あなたの目の前の問題はすべてダミー。問題は問題ではない。
2019.2.22
コンテンツ
問題は自分が作り出している
私が作り出しまくっていた問題
私の虐待問題を振り返ってみると、「兄から受けたトラウマ」→「毒母」→「妻との不和」→「うつ病」のように、次から次へと問題を作っては解決し、作っては解決していました。(>>自分の子どもを叩く/虐待する「問題」の究極の問題解決とは?【前篇】)
結論としては、
- 平凡な自分
- ダメな自分
- 何もなしえていない自分
そんな「見たくない自分」「許せない自分」から自分を守るために、何かのせいにしまくっていたわけです。悪くいうと、現実逃避、逃げですね。
何かのせいとは、兄、母、妻などの「身近な人間」、うつ病という「病気」、または時間やお金という「環境」など、ありとあらゆる者を使って、自分を守ろうとしていたと言えます。
不登校の子が学校にくと、お母さんが困る
心屋の教えでもっとも不可解だったのが、「問題を解決するな」というものでした。しかし、この例えを聞いた後、上に書いた自分の虐待していた過去を振り返ってすっきりしましたね。
その例えとは、「私の息子が不登校なんです」というお母さんからの相談事例です。
「息子が不登校」というのは、一見息子さんの問題に聞こえますね。お母さんが相談してくるのも最もです。
ではここで、スーパーカウンセラーなり解決請負人の活躍によって、息子さんが「よし、やっぱり学校に行こう!」と思ってくれたとします。そしてめでたく翌日から学校に行ってくれた。
そしたら普通、「問題解決できて、お母さんよかったね」「さすがカウンセラーさんだね」ってなりそうじゃないですか?
でも続きがありまして・・・
すぐにまたお母さんから相談が来たんです。
それは、
「息子がいじめられないか心配で心配で・・・」
という相談です。
「お、お母さん、あなた・・・」
ってなりませんか?
ここで考えて欲しいのは、「息子を不登校にしていたのは誰か?」ということです。
そう、「お母さん」なんです。
お母さんには、「息子が不登校で家にいてくれると、安心だった」んです。
だから、「息子の不登校」というのは、実はダミーだったわけです。
相談に来たお母さん自身の「心配、不安、怖れ」から、自身を守るために、「息子の不登校」という問題を作っていたと見れるのです。
問題を作り出している「こころ」の偏り
あなたが「問題」と思っているのは、自分が作り出している「ダミー」ですとお伝えしてきました。それでは、問題の本質に迫っていきたいと思います。
自分の本音を見たくない―「影」をしっかり受け取る
私が子どもを虐待していたのは、
- 平凡な自分
- ダメな自分
- 何もなしえていない自分
を認めたくない、見たくないという思いが根底にあったからです。そんな自分を認めていかないことには、次に進むことができません。
人間はよい部分、強い部分、長所だけでできているのではありません。いやな部分、弱い部分、短所も一緒に持ち合わせているのです。
なので、そういう一面をちゃんと認めてください。認める、「そういう部分もあるよね」「自分って平凡だよ」「ダメな部分もあるよ」と認めることができると、「問題」を作り出す必要がなくなります。
自分の良い面もちゃんと受け取る―「光」を出していく
人間はいやな部分、弱い部分、短所だけで出来ているわけではありません。しかし、短所を認めないことには、なかなか自分の長所を認めることもできません。長所だけ認める、短所だけ認めるというのはできない仕組みになっています。
- 素晴らしい自分
- 才能がある自分
- 愛される自分
- 恵まれている自分
自分の「光」、ポジティブな面はどんなとこがあるかな?とちょっと考えてみて、その点もしっかり受け取ってください。
影か光に偏っていると問題を作り出す
影(ネガティブな側面)、光(ポジティブな側面)いずれかだけを受け取ろうというのが、あなたの心の偏りです。
- 自分を守ろう守ろう
- ネガティブな面は見たくない
- 平凡な自分は受け入れたくない
と思っているとき、それを認めると私はダメなだけの人間になってしまうと思っていないでしょうか?そうなるのは、影の部分しか着目していないからです。
確かに、誰でも「自分はダメなだけの人間」だとしたら超がっかりだし、生きていきたくないですよね(笑。でも安心してください、そんな人はいませんから。思い出して欲しいのは、人間には光も影も両方ある。光があるから影が出来るということです。
人間誰しも、本当は光も影も両方あるのに、平凡な自分やダメな自分を認められないときは、「自分は影しかないんだ」「自分はダメ人間なんだ」という前提になっているのです。
その前提になっていると、次から次に問題を作り出していきます。
目の前の問題はすべてダミー?なら、本当の問題は?
心屋仁之助(以下、仁さん)の本やブログを読みはじめた人は、
目の前の問題はダミーなら、じゃあ、本当の問題、本質は何?
と思うもの。
ここでしっかりとまとめておきましょう。
心屋仁之助の答え=前提
仁さんの答えは、目の前の問題はダミーで、
本当の問題は何かというと、「前提」です。
仁さんが「あり方」と言ってるのも同じ意味です。
前提が傾いている、つまり、
- 私は嫌われている
- 私は認められていない
- 私は愛されない
という前提があなたの頭の中にあるから、
どんな事実を見てもあなたは、
- やっぱり嫌われてた
- やっぱり認められないじゃん
- やっぱり愛されてないな
って解釈しちゃうんですね。
beトレでも毎回仁さんは言っていますが、
その偏りをまずひっくり返して直さないと、
- 好かれる方法
- 認められる方法
- 愛される方法
という「やり方」をいくら身につけても意味がないということ。
嫌われてる前提、愛されてない前提のままだと、
どんなやり方をしてもあなたは「やっぱり嫌われてる」を経験し続けることになります。
わかっていただけましたか?
目の前の問題はダミーです。
本質はあなたが自分をどう思っているか。
- 嫌われてると思っているか
- 好かれてると思っているか
- 愛されてると思っているか
それが本質のほう、自分の内側が本質です。
外側、現実世界の方はダミーなので、
ダミーの問題を何とかしようとしなようにしてくださいね。
バシャールの答え=観念
最近泊まった宿で、バシャールの本が置いてありました。
ちょっとぱらぱらっとめくってみると、仁さんと同じことでした。
ただし、使う言葉はちょっと違いますね。
バシャールの本では、「観念」という言葉になっています。
この「観念」がダミーではない問題の本質です。
観念って何?観念とは物事の捉え方のことですね。
あなたはこの世界をどんな世界だと捉えていますか?
- 頑張らないと愛されない世界ですか?
- 世知辛く、苦労の多い世の中ですか?
あなたは自分のことをどんな風に捉えていますか?
- 役に立たないと愛される価値のない自分ですか?
- 気をつけていないと嫌われる自分ですか?
自分の観念を、そのまま体験するのが現実世界です。
現実世界は観念の投影であるとバシャールは言っていますね。
もし不快ができごと=ダミーが起きているなら、
変えるべきはできごとの方ではなくて、
あなたの観念のほうですよ。
世界の捉え方か自分の捉え方が、
不快なできごとと一致しているはずです。
世界の捉え方か自分の捉え方を変えることで、
不快なできごとは不快なできごとではなくなります。
このブログを書いた人

虐待・夫婦問題専門カウンセリング ヤマダ心理サポート 山田孝典
1986年兵庫県明石市生まれ。年上の奥さんと結婚した後、2人の子を授かるも、イライラをコントロールできずに、我が子を虐待してしまう。
家族と幸せに暮らせるようになるため、育児系のブログやウェブサイト、公共の無料相談、クリニック・病院の心療内科・精神科、民間カウンセラー(アダルトチルドレン系)に助けを求めるも状況は改善されず。。
別居・離婚寸前だったが、心屋塾に入門し、虐待をやめることができ、「今の自分でもいいんだ」と思える、実用的で現実的に効果のある方法・ポイントにたどり着き、虐待をやめられて、奥さんとも円満に暮らせるようになった。
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